グラムシの国家論 Antonio Gramsci

アントニオ・グラムシ(Antonio Gramsci、1891年1月23日 – 1937年4月27日)は、マルクス主義者を標榜しつつも、当時の政治状況の分析に自らの強靭な思考をもって取り組んだ稀有の思想家である。

以下には、グラムシの思想をめぐる断想を記す。

目次

ジェームズ・ジョル 『グラムシ』(別ノートの再掲)

March 6, 2021 ; ジェームズ・ジョル; グラムシ;

グラムシの生涯と思想を簡潔にまとめるものである。

著者は、マルクス主義者ではないが、これに同情的である。「弁証法」の概念を無反省に使っており、その魔術性を十分に批判していない。

グラムシもしばしば「弁証法」の用語を十分な分析なしに用いていることが本書により理解できる。それは、マルクス主義のユートピアを救うマジック・ワードだったのであろう。ブハーリンは、この点では自覚的であり、ヘーゲル的な概念を著作から追放している。しかし、グラムシは、そのブハーリンを批判し、機会的で幼稚な実証主義である旨を述べているとのことである。

本書は、グラムシにならい、実証主義の概念を批判の対象として用い、人間の文化的・イデオロギー的活動が歴史の動因であることを否定する考え方であると捉えているようである。ここに誤りの根源がある。文化・イデオロギーの法則性こそが実証的に解明されなければならないのではないか。

著者は、獄中のグラムシが保身のための共産主義インターナショナルへの忠誠に縛られることなく、比較的自由に思考を進め、その見事な文章によってこれを表現したことを高く評価する。そこには、なお弁証法の魔術に捕われているとは言え、独自の経験科学的考察があったと思われる。それこそがグラムシの歴史的業績であろう。

本書は、逮捕までのトリノにおける政治活動について比較的詳細に論じており、この点では大いに参考になる。「資本論に反した革命」論の紹介もあり、グラムシがいかにレーニンに熱狂していたかが分かる(この点は、グラムシの反スターリン主義を強調する他の文献においてことさら薄められているとの印象を受けた。検証の要がある)。そして、著者もまた、スターリンを批判し、レーニンを救う立場の影響を免れてはいない。

本書は、1977年刊であるが、毛沢東の下放政策を肯定的に評価する記述も含まれている(143)。時代の制約というべきであろうか。この書を見ても、「弁証法批判」の著作が急務であることが分かる。

ジョルジョ・アメンドラ 反ファシズム抵抗運動

October 11, 2020 ; ジョルジョ・アメンドラ; 反ファシズム抵抗運動;

翻訳書は1983年刊行。

当時のイタリア共産党に所属していたアメンドラとの対談形式の書である。

第1章、ファシズムの歴史をどう書くか、第2章、プレ・ファシズム期の社会主義者たち、の部分を読む。

イタリア左翼の歴史を知らないとよく分からないところもあるが、フェリーチェのファシズム論を評価し、中間階級のみならず勤労者をも含む大衆運動としてのファシズムを正しく客観的に認識することが重要であること、第1次世界大戦後のイタリアがそれまでに比べれば経済的に豊かになり、実質賃金も上昇していたこと、当時の歴史的な課題は民主共和国の確立であり、社会主義革命が切迫した状況には全くなかったこと、この点を当時の左翼は認識していなかったこと、したがって、その運動は中間階級をファシズムへと導き、また、一時高揚し、工場占拠に至った激しい労働運動は、その後出口を見出すことができなかったこと、グラムシはこれらのことを直観していたが、明言していないこと、グラムシの指摘するように、変革を指導する階級と党は「歴史意識」(自らの行動を必然的な歴史過程の実現手段としてとらえることを言うのであろう)に基づいて行動しなければならないこと、などを指摘する。

「ユーロ・コミュニズム」においてグラムシの思想がどのように捉えられていたのかを知るためにも有益な書である。

トロツキー 社会ファシズム論批判

トロツキー; 社会ファシズム論批判;

序文の日付が1932年1月27日である「次は何か」の冒頭部分を読む。

ファシズムが小ブルジョアジーの動員によるプロレタリアートの組織の破壊であることを指摘し、ブルジョア民主主義とファシズムの両形態にはプロレタリアートの組織と運動の観点から大きな違いがあること、ファシズムからプロレタリアート独裁への直接の移行は実際上不可能であり、現時点では「守勢」をとるべきことを主張する。イタリアの例が論じられており、ファシズムの危険性を正しく認識していた、例外的な人物として、グラムシの名が挙げられている。

「社会民主党労働者との対話」と題する著作では、統一戦線に関して、共産主義者は表現の自由を保障しないのではないかとの問に対し、ロシアではやむなく弾圧的手段をとったが、ドイツにおいてはその「必要」がないであろうと述べ、議論を「形式的」自由と「実質的」自由の対立に巧妙に誘導している。このようなことを述べているだけでも少しはましと言うべきか。

「ドイツ・プロレタリアートの悲劇」は、ヒトラーの独裁の確立直後に書かれたものであり(1933年3月14日付)、反ファシズム統一戦線の主張が受けいれられなかったことが今日の事態を招いたこと、スターリン主義が今更ながら統一戦線戦術へ転換したことを攻撃する。今後の具体的展望は語られていない。労働者の組織は破壊され、共産主義者組織もまた、破壊の後に蘇るほかはなく、それは、スターリン主義者の下でではない、そのことが指摘されているのみである。誠に「悲劇」であり、その後のドイツの歴史を思うと、胸を突かれる感がある。

なお、ヒトラーに先立つ、ブリューニング、パーペン、シュライヒャーらの政権について、ボナパルティズム的な、諸階級の対立の上に立つ、調停的な、官僚的・警察的支配と特徴づける記述がある。

以上を総合すると、国家論の観点からは、トロツキーがブルジョア民主主義的形態とファシズム的形態の違いを鋭く意識し、かつ、小ブルジョアジーとの同盟をドイツの具体的な情勢の下で強く主張していたことが重要であろう。

一方、トロツキーは、ドイツにおいても、機動戦による勝利が可能であると終始考えていた。トロツキーのこのような考え方は、変わることがなかったのであろう。しかしながら、資本制生産の下での諸階級の長期にわたる対抗とこれを通じた改良の制度的組織化、そして、その安定的な維持及び改善、おそらくは、これこそが現代の課題なのである。

フィオーリ グラムシの生涯

G.フォオーリ; グラムシの生涯;

グラムシ(1891-1937)は、ロシア革命が「資本論に反して」後進国ロシアで勃発し、「社会主義」革命にまで進んだことを感嘆の言葉で語った。第1次大戦後しばらく続いた、いわゆる革命の高揚期には、トリノにおける労働者評議会運動を理論的に指導した。しかし、その敗北から学んだと思われ、グラムシは、イタリア等の西欧諸国においてはロシア革命のような機動戦による勝利の可能性がないことを悟り、陣地戦を主張するに至る。

グラムシは、社会党からの分裂に反対し、社会民主主義者、農民、小ブルジョアジー等との同盟の必要性を主張した。前者はコミンテルンの方針に反し、後者は合致した。

コミンテルンは、トロツキーら左翼反対派の粛清当時、広範な同盟を追求する路線をとっていた(ブハーリンが議長であった)。しかし、その後、コミンテルンは、1928年から、ロシア国内における右翼反対派の粛清と軌を一にして、社会民主主義者を敵とし、ファシズムから、いわゆるブルジョア民主主義を経ずに、一挙にプロレタリア独裁へ移行することを目指す路線(社会ファシズム論、主要打撃論)を採用し、各国共産党に指示した。

イタリア共産党は、このようなコミンテルンの方針転換にその都度従い、ジグザグともいうべき路線変更を行った。グラムシは、終始、広範な同盟者を獲得しつつ、ヘゲモニーを目指すことを主張し、トリアッティやこれに従う党員と対立するに至る。

グラムシは、1926年に逮捕され、1937年に死亡するまで拘束されていたが、服役中の他の党員からも敵視され、孤立した(なお、この間、1935年にディミトロフの主導の下に統一戦線戦術が採用されているはずであるが、これをめぐる状況の変化への言及はない)。グラムシの獄中ノートは、このような背景の下で書き継がれたものである。

グラムシがロシアとの取引によって釈放されるといったことがなかったのも、グラムシの反コミンテルン・反スターリン主義の姿勢によるものであろう(本書は、その旨示唆する。ただし、断定はしていない)。スターリン主義に関しては、グラムシがトリアッティの反対にもかかわらず、トロツキーら左翼反対派の粛清を批判したことが指摘されている。

戦前の我が国における共産主義運動も、イタリアにおけるものと相似する経過をたどっている。

なお、陣地戦の発想にはエンゲルスの影響が大きいのではないかというのが私見であるが、これに沿うような論述は見当たらない。

グラムシは、マルクス主義を「実践の哲学」と称し、しばしばこれに論及しているが、マルクスやエンゲルスから具体的に引用し、これを論じるということはしていないのであろう(少なくとも、今まで読んだ限りでは見当たらない)。なぜであろうか。ベルンシュタインからの影響を指摘されることを恐れたのか。そもそもエンゲルスの遺言への言及がないのが本当に不思議に思われる。

なお、本書が引用する獄中ノートには、ファシズムの特徴として小ブルジョアジー等の組織的な運動であることが指摘されている。この点は、ファシズム論において重要である。

アセモグルほか 自由の命運

アセモグルら; 自由の命運

著者らは、国家の能力の強化の背景として、平等、生活・医療保障等の必要性を挙げる。これらに基づく国家介入は、所得の再分配にはとどまらず、賃金や生産物価格への介入をも含む。その可否の基準は、介入の便益と費用の比較にあり、市場の有効性のみではない(スウェーデンの例が多く参照されている)。

ハイエクは、これらの介入が国家の力を強化して、新たな独裁を招くことを懸念したが、著者らは、社会的な動員による国家の監視の強化、国家の透明性と、これを支える官僚の自律性の強化によって、対抗が可能であると説く。

結局、これらによって実現される国家と社会の力の均衡と妥協、このような「制度」への信頼の下での国家介入の拡大、以上によって、公正な繁栄がもたらされる。このような均衡と妥協が制度として安定的に継続する条件には様々なものがあるが、地主的所有、賃金労働ではない強制労働の存在等が大きな阻害要因として指摘されている。

ドイツ・ファシズムについては、地主階級による政府と軍の支配、これに基づくその非妥協性、労働者階級の分裂と共産党の非妥協性、このような状況の下における相互の闘争のゼロサム・ゲーム的様相、その中における独裁による解決への幻想の広まり等が指摘されている。

これに対し、スウェーデンでは、社会民主主義が小作農民らとの同盟に努め、実業家をも連合に取り込んで、国家能力の強化を社会的力との均衡の下で進めることができた。

本巻を通じて、このような「狭い回廊」への移行の好例としては、そのほか、スイス、コスタリカ、南アフリカ、ラゴス、戦後ドイツ、戦後日本等が挙げられている。

上巻を読まなければ、結論的なことは言えないが、著者らの結論は、陣地戦による受動的革命の概念に極めて近い。エンゲルス、ベルンシュタイン、グラムシをつなぐ一つの系譜がその前提としていたのは、このような資本主義の長期的展望ではなかろうか。しかも、このような国家と社会の力の均衡と発展は、賃金労働が大勢を占める、この生産所有形態の下で初めてその飛躍的発展の条件を得たのではなかろうか。著者らも製造業の発展を狭い回廊の重要な条件として挙げていることが注目される。

名著である。原著は2019年刊行。The Narrow Corridor: States Societies, and the Fate of Liberty. Daron Acemoglu and James A. Robinson.

ニコス・プーランツァス ファシズムと独裁

May 27, 2020 ; ニコス・プーランツァス; ファシズムと独裁;

最初の部分を読んでの感想を記す。著者が第三インターナショナルの「経済主義」を批判するのは正しい。戦間期の深刻な経済危機は直ちに革命をもたらすものではなかった。また、ファシズムを資本主義国家が破局に至った場合に必然的にとる国家形態と位置づけることの誤りを指摘するのも正しい。著者によれば、ファシズムは、帝国主義段階における独占資本主義の政治的危機の結果であり、かつ、当該各国の置かれた特別な状況に対応したものである。

しかし、著者は、支配階級あるいは階級分派の概念を到るところで持ち出し、その特殊な組合せによってファシズムを説明しようとしているかに思われる。ファシズムに制覇されたドイツ及びイタリアが帝国主義体制における弱い環であったとの指摘もある。また、グラムシのカエサル主義については、43に言及があるが、カエサル主義がスターリン主義にも向けられたものであることは(私見による仮説)、意識されていない。

グラムシは、フランスの歴史的ボナパルティズムがカエサル主義の一つであると見ることを躊躇し、留保をつけた上で、これを承認したという。

結局、著者の論述は、国家の階級性の論証にとらわれ、その見地からファシズムを説明しようとする傾向が強い。階級あるいは階級分派が先進資本主義国家の複雑な構造を舞台にどのような行動をとっているのか、政治的危機がどのように生まれ、それをどのように乗り切ろうとしたのか、これらを具体的に分析することが必要であり、その前提として、資本主義国家を、予見しうる将来にわたって存続する資本制生産の下で相互に対立するとともに依存する階級を統合し、支配するものとしてとらえることが必要であろう。

ファシズムは、このような前提の下で、階級あるいは階級分派といった既成の抽象的概念からではなく、まずもって、各種各層の社会心理と、各政策の目的及び成果の観点から分析する必要がある。

ボナパルティズムは、資本主義国家が、相互に依存する諸階級を統合するために生じる、国家機構の自律性の一つの現れではないか。代表民主制、司法の独立、官僚機構、これらからなる国家の構造は、中世以前の国家とは根本的に違うものである。

資本制生産の維持が「資本家」階級の利益であることは当然であるが、これに代わる生産様式の実現が考えられない以上、従属的階級にとっても、その維持は当然の前提であり、資本制生産の下での対抗的利益の実現、すなわち、その改良が課題とならざるを得ないのである。

いわゆるブルジョア革命は、ブルジョアを新たな貴族とする寡頭政を樹立することはできず、万人の平等を理念とした。ここにその国家の生成における特殊性があり、資本主義国家の構造を規定する要素がある。しかも、この構造は、高度な、生産要素としての労働力を発展させることにおいて合理的であった(大河内一男の社会政策論はこの見地から有用である)。

この国家の構造と運動を具体的に分析すること、これが課題であろう。また、この見地からは、「社会主義」独裁を経たロシア及び中国における国家構造の特殊性も、先進諸国との対比から明らかにできると思われる。

加藤哲郎 西欧マルクス主義の国家論と政治学

May 12, 2020 ; 加藤哲郎; 西欧マルクス主義の国家論と政治学、年報政治学1981, 現代国家の位相と理論所収、151;

「マルクス主義」における国家論のルネサンスは、グラムシ、プーランツァス、ジェソップの流れであるとおおまかに捉えることができるようである。

国家は、階級等の諸関係の凝集点としての「関係」であり、政治社会のみならず、市民社会を含む、強制と同意の体系である。

ジェソップは、階級以外のカテゴリー、すなわち性別、人種、ジェンダー等による差別に対する反対勢力をも「人民民主主義」の要素として、国家を凝集点とする諸関係の中に含める。代表民主制と言論の自由を重要な要素として含む「ブルジョア民主主義」については、ジェソップによれば、資本主義の最良の外被にとどまるものではなく、それ自体が力の凝集の一つの形態であると評価されているようである。

そして、国家内における「階級闘争」あるいは諸勢力の闘争が論じられる。

172-のセルボーンの分析は、いわゆるブルジョア民主主義が諸勢力の闘争の成果であることを示している。

以上の議論からは、そもそも「社会主義」なるものが何なのか、国家内における闘争の目的は何か、共産主義の高度の段階はユートピアと考えられているのか、などの疑問が生じる。これらの点は、本論文からは明らかでない。

なお、現代資本主義国家における財政危機の問題をオコンナーが論じている、167。J. O’Conner, The Fiscal Crisis of the State。

本論文は、1981年までの議論を簡潔かつ明快にまとめており、参考になる。構想: 諸階級等の力の均衡による改良と漸進的進化、その飛躍の契機等を現代国家の運動として分析すること。

グラムシ 獄中ノート

May 8, 2020 ; グラムシ; グラムシ獄中ノート; 以下、数字は、石堂清倫訳(1978年、三一書房)の頁数を示す。

第2部、階級、市民社会、国家の部分を読む。

国家=政治社会+市民社会、強制の鎧を着たヘゲモニーという定式(235)、機動戦と陣地戦の対比は、すばらしい。しかし、グラムシの論述は、二重の奴隷の言葉であることに注意する必要がある。例えば、カエサル主義は、階級対立の下で両者の調停者として現れる独裁を指しているが、通常考えられているように、ファシズムを念頭に置くにとどまるものではなく、スターリン独裁をも想定したものと考えるべきであろう。

「闇」の議会制度に関する不思議な議論も、スターリン独裁に関するものだろうか。

246のトロツキーの「清算」が闇の議会の清算を意味するという指摘は、どう理解すればよいのだろうか。国家崇拝に関する議論も、スターリン独裁を念頭に置いているとの印象が強い。

陣地戦に関しては、第2インターナショナルが西欧における陣地戦に臆し、他方、トロツキーがその比較的短期間における勝利を安易に信じ、永続革命を唱えたことが指摘されている。むしろ、レーニンが陣地戦の困難さと長期性を正確に把握していたというのである。そうだとすれば、グラムシの立場はどうなのか。

205のユートピアに関する議論も、不思議な印象を与える(「功利主義」の言葉が突如出現するのも理解し難い)。グラムシは、国家と革命における共産主義社会の第2段階の描写に満足していない、あるいは、これに批判的なのではなかろうか。

社会学と政治学、と題する論述も、興味深い。政治の解明が法則性の解明にとどまらないことが主張されている。人間の意志と創意を問題にするのであるが、これらの議論を合理的に解釈すれば、パースのチャンスの介入に関する議論と基礎を同じくするものと理解することができよう。パースの立場から見れば、グラムシ自身は、意志と創意の存在を問題にしているが、それは、実は、世界の連続性に基づく偶然性の不可避的介入の問題にほかならないのである。

国家の経済的機能については、236。これは、プロレタリアート独裁について述べたものか。なお、国家に関する定義的論述として、206: 国家とは、指導階級が自己の支配を正当化し、維持するだけでなく、また被統治者の能動的な同意の取得に成功する実践的、理論的活動の総体である…。

いずれにせよ、グラムシを読み解くのは、奴隷の言葉を取り去り、その断片をつなぎ合わせる作業を丹念に行って初めて可能なのであろう。

May 10, 2020 ; グラムシ; グラムシ獄中ノート 続

第1部を読み、第3部の概略を読む。

党に関する論述は、当時の課題を踏まえた議論だと思われるが、背景事情がよく分からない。イタリアの党に関するものなのか、あるいは、スターリン独裁に関する議論も含まれているのか。

注目される部分を以下に挙げる。

  • 構造と上部構造の全体を示す概念としての「歴史的ブロック」。こういう理解が正しいのかは、更に研究を要する。32
  • マキャベリの政治学は、不変の人間の性質等の観念を斥け、歴史的な状況に規定された政治の法則を探求した。27
  • 市民社会は国家と一体をなすこと。67
  • 革命の条件に関する議論。フランス革命の分析があり、永続革命はパリ・コンミューンによって完結したとの論述がある。革命の条件の有無は、革命を目指す実践の成功又は不成功によって証明されるとの指摘があるので、結局、「社会主義」革命の条件はなかったという結論が導かれるように思うが、その明言はない。92
  • 独特の概念としての、有機的な事実・運動と景況的な事実・運動の対比。おそらく、前者は、経済的なものを基礎とする全構造の変動をいうのであろう。戦略的・戦術的の対比にも近い。95
  • 受動的革命の概念は、陣地戦と結び付けられているが、これまた難解であり、受動的革命の定義的説明は見当たらない。指導的階級が、従属的階級の要求を部分的に採り入れて、妥協を図る政治過程をいうものと考えられるが、正確に理解するには、ヴィンチェンツォ・クオーコによるイタリア・リソルジメントに関する書を読む必要があろう(129)。ローマ帝国におけるキリスト教の受容やガンディー主義が例に挙げられているのは興味深い。
  • 受動的革命の概念は、いかなる社会構成体も生産力の発展の余地を残す限りは消滅しない、との経済学批判の定式との関係で議論されている。127
  • その定式の機械論と宿命論の残滓を取り除くことが課題であるというのであるが、その先がはっきりしない。あるいは、長期にわたる階級間の均衡とその過程における受動的革命こそが、当面の課題だというのであろうか。受動的革命における国家機構の変化に関する議論は、萌芽的な論述を除き、見当たらない。
  • 法に関する議論。明確ではないが、法規範の役割を正当に評価しているもののように思われる。147
  • 自然発生性と意識的指導の単純な対置に対する反対。結局、長期にわたる階級間の均衡を前提として社会構成体の全構造の進化を実現する政治形態が求められているのではないか。現代国家をその見地から分析し、変革することが当面の現実的な課題なのではないか。ロシア革命は、景況的革命にすぎなかったと言えないであろうか。グラムシの議論は多くの示唆を含んでいるが、それを更に発展させる必要があろう。149

ニコス・プーランツァス 資本の国家: 現代資本主義国家の諸問題


May 4, 2020 ; ニコス・プーランツァス; 資本の国家

第5章; 従前の章における考察がより明確な形で論じられている。アルチュセールの批判に対する反批判が中心であり、アルチュセールの批判の内容が十分に紹介されていないため、やや理解が困難であるが、権力ブロックの内部矛盾を通じて国家を変革できる可能性があり、レーニンの機動戦にしろ、グラムシの陣地戦にしろ、これらによる二重権力状態を経ての旧権力の破壊と新権力の樹立という戦略の妥当性が失われていること、そのためにも自由民主主義的な国家形態を擁護しなければならないこと、このことを主張するものと思われる。ファシズムと独裁なる書を読めば、理解が深まるのかもしれない。以上で、とりあえず本書に関するノートを終える。


May 3, 2020 ; ニコス・プーランツァス; 資本の国家

第1章及び第2章を読む。結局のところ、階級国家観を救い出す試みであり、変革を実践する立場から、現実的な実在としての国家の組織と機能を明らかにし、変革の可能性と方向を探求するというものでは、全くない。現代国家が単なる暴力装置や抑圧装置ではないというのは正しい。しかも、マルクス、エンゲルス、レーニンらもこのような立場をとらなかったと、しきりに論じる(国家は単に階級支配の「道具」にとどまるものではない)。弁明的な、奴隷の言葉とも理解できるが(著者はギリシャ共産党(反スターリン的一派)の党員である)、以下には、その言葉を文字どおり理解することとする。

現代国家が持つ、統合的、調整的、管理的、福祉的等の機能(著者の用語自体が一定しない)をヘゲモニー的機能と総括し、グラムシの概念の誤りを正し、必要な拡張を行うと主張する(72-。しかし、グラムシの論旨をねじ曲げている感を禁じ得ない)。現代国家の経済(グラムシのいう市民社会。ただし、グラムシの政治社会・市民社会に関する議論は正面から論じられていない。むしろ、市民社会における強制の要素がグラムシにおいては軽視されているという)からの相対的自律性もこの文脈において論じられる。

ボナパルティズムなる概念が、このような資本主義国家一般の相対的自律性の一形態であることも指摘されている(82)。これは正しいと思われる。

現代国家における執行権の強大さ、法律による統治等の指摘も、もっともである。これらを通じて、国家を抑圧機関として把握するにとどまる限りにおいては説明できないことが、すべてヘゲモニー機能の概念に放り込まれていると評価できる。

87付近からは、バーナムの経営者革命を始めとするネオ・キャピタリズム思想が批判される。もっとも、バーナムは引用されていない。バーナムのいう経営管理者層は、「取締役=監査役たち」と称され、それらの「階級分派」は、株式会社制度等を利用しつつ、資本全体の利益を享受する者として、現代国家を通じて階級的な支配を貫いているという。経済活動の合理的調整と他分派及び被支配階級への妥協によるその統合が現代国家を通じて目指される。しかし、こんなことは、現代国家が所与の所有形態に照応するものであることから当然導かれることではないのか。著者は、手を変え、品を変えて、現代国家による「階級支配」を「暴露」しようとしているにすぎない。これによって何らかの実践が導かれるとは思われない。

結局、現代国家の在り方を、所有形態との関連において、その組織構造、統制、法規範、強制等の見地から明らかにし、その変革の可能性を探求することが必要なのである。

付言すれば、この関係において徴兵制への対応も考えられるべきものであろう。なお、翻訳のせいもあるのか、本書の文章は著しく難解であり、論理を追えない部分が少なくない。著者の思考が十分整理されておらず、明晰を欠くことも事実であると思われる。

グラムシ 資本論に反する革命

アントニオ・グラムシ;革命論集;

「資本論に反する革命」ほかを読む。ロシア革命の衝撃は、遅れたロシアが短期間にイギリス的生産力を獲得し、社会主義に移行できるとの幻想を与えた。

グラムシは、ひたすらに信じている。

「ユートピア」と題する論説では、10月革命をユートピアと批判する者に対して反論を加えている。

しかし、それはユートピア以外の何ものでもなく、その強権的な維持は、残酷な反ユートピアを生み出した。

もっとも、グラムシはその後、トロツキーらの粛清に反発し、また、ファシズムに対抗する広範な勢力の結集を構想して、党中央と対立するに至った。

片桐薫ほか トロツキーとグラムシ

片桐薫ほか;トロツキーとグラムシ;

グラムシの機動戦,陣地戦論が,コミンテルン第4回大会(1922)のトロツキーの報告に影響されていることを指摘する。

獄中ノートのトロツキー批判(正面攻撃の時期ではないのにこれを主張する理論家,「極左」主義との批判)は,論者によって,当時スターリンによってことさらにねじまげられたトロツキー理解に影響されたものか,あるいは,グラムシがトロツキーへの共感を隠すために意図的・作為的に述べた暗号(後の者の正しい理解を期待しているという意味における)か,結論が異なる。なお,両者ともに,グラムシの思想がイタリアの理論家アントニオ・ラブリオーラ(Antonio Labriola)に影響を受けていることを述べている。

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