アルトゥール・ローゼンベルク 近代政治史 民主主義と社会主義
..Date: Mon Oct 08 22:22:48 2007;
アルトゥール・ローゼンベルク;近代政治史-民主主義と社会主義,足利末男訳;
1848年以降1938年までの民主主義・社会主義運動史とでもいうべきか。原著の初版は,1938年に刊行された。
本書の内容は豊かで,簡単には要約できない。1848年の民主主義は,労働者や農民,すなわち勤労大衆の同盟による権力の奪取を目指すものであり,マルクス・エンゲルスは,このような階級間の同盟に意を用いたという。(例えば,農業問題を熱心に研究した。)しかも,彼らは,戦争と平和の問題を現実的に考察し,蓋然的な戦争を常に予測しつつ,その中で,国際的な反動的権力を打倒することを目指した(ロシアのツァーリズムが主要敵であった)。しかし,勤労大衆の支配を直ちにもたらすかのように考えられたこともある普通選挙は,決して勤労大衆の支配をもたらさなかった。階級間の妥協が行われ,帝国主義的民主主義,植民地的民主主義(アメリカ,カナダの当初期がそうであった。処女地の存在がこのような民主主義を可能にした),そして,スイスやスウェーデンのような(非帝国主義国におけるブルジョア主導の)自由民主主義が「民主主義」を構成するに至った。
かくして,1848年の意味における民主主義は,ただ,遅れたロシアにおいてのみ,しかも,民主主義が一党独裁による国家資本主義に堕落するまでの短期間,レーニンによって実現されるにとどまったという。1848年後の革命的高揚は,1863年に生じた。しかし,冒険的なパリ・コンミューンによって終焉を迎えた。
ローゼンベルクは,パリ・コンミューンが権力の問題を軽視し,フランス議会を攻撃しなかった点を問題にする。これは,1848年のフランスもそうだった。失業者を救済する労働作業所を敵の手にゆだね,そこから反動的な武装部隊が生まれた。また,1918年のドイツでも,社会民主党は,現実的な武力装置の再編を避け,労働者の武装部隊を作らず,かえって,革命前からの軍を利用し,軍が社会の反動的な部分を集めて強化されるままに放置した。
また,マルクスは,この蜂起に反対だったが,その敗北後にこれを来るべき社会の先駆として賞賛したという(これがユートピアを生み出したのである)。マルクスらのこのような「運動」を優先する立場は,ロシアにおけるミール共同体の過大評価にも現れているのであろう(もっとも,西欧の革命による支援があればという留保つきなのであるが。そして,これがロシア革命の惨劇を生み出したともいえよう)。
1871年後のドイツ社会民主党は,社会主義者鎮圧法の12年を生き抜き,1889年に第2インターナショナルが生まれた。そして,普通選挙の下で社会民主党は相当の勝利をおさめた。エンゲルスは,1895年に死ぬまで,2回の選挙を経験し,このような合法的活動を肯定した。しかし,一方,現実的な政治家である彼は,来るべき革命が兵士革命としてしかあり得ないこと(近代的軍隊にバリケード戦で勝利することはもはやあり得ないこと)を予想し(そして,それは1918年にそのとおり実現した),これに備える必要性を感じていた。そして,それは,合法性の枠内では表明できないことであり,一般党員に伝わることはなかった。1918年エンゲルスがいたならば,労働者軍の創設(いかなる形であれ)を行ったことであろう(著者は,示唆するが,明言はしない。あるいは,当時の勢力関係においてそのような可能性はなかったのかもしれない)。
第2インターナショナルは,「形式的」「抽象的」平和主義をかかげ,平和を約束した。しかし,戦争を本当に防止する可能性はなく,しかも,戦争に当たって内乱に勝利する可能性もなかった。にもかかわらず,第2インターナショナルは平和を約束するとともに,戦争に当たってどのような行動をとるべきかについての準備を全く欠いていた。ある階級が社会を主導するには,国民的な課題を取り上げて諸階級を指導しなければならない。この党には,そのような観点から必要な国際政策を練り上げることに対する関心がほとんどなかった。したがって,勤労大衆の多くは,国民的な課題に対する立場を鮮明にしたファシズム諸政党を支持するに至ったのである。
著者の強調する点は,したがって,次のとおりである。全人民的な課題(国際的なものを含む)への関心,戦争に対する現実的態度(起こるべきものに対し,これをどのように利用するか。また,防止の可能性があるならば,だれと同盟し,どのように防止するか。国際的な力関係の変更が自階級にとって有利かどうか),兵士革命への準備,これである。
それにしても,訳者の解説は,文字どおりに受け取ると,ローゼンベルクからみれば笑止きわまるものであろう。戦争と平和の問題を現実的に考察せよ,それが彼の主張なのであるから。
なお,ローゼンベルクのもう一つの著書に,「大衆運動としてのファシズム」があるとのことであるが,訳はないようである。