晩年のエンゲルス Engels in His Later Years

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エンゲルス、1895年版マルクス『フランスにおける階級闘争』への序文

..Date: 2009.10.07;

一読して感じるのは,唯物史観なるものの未完成さである。エンゲルスは,マルクスの著書に関し,生産様式の発展の詳細な分析は政治的事件の直後には不可能であり,マルクスは,諸階級の利害に着目して,本書を書いたと述べる。諸階級の行動と生産様式の発展との間の関係については,明確に述べるところがない。もちろん,経済的発展が集団の意識に反映し,その行動を招来するということなのであろうが,その過程の理論的分析・総合が欠けているのである。

エンゲルスは,ある生産様式は,その中における生産力発展の余地がなくなるまでは,廃棄されることがない(経済学批判?)ということを前提に,1848年の革命,1871年のパリ・コンミューンともに,資本主義的発展の余地がまだある状況におけるものとして,失敗に終わったと指摘する。

更に,軍事に関し,1848年前とは異なり,軍事技術の発展により,バリケード戦により反乱が成功する可能性はなく,兵士を味方につけるか中立化しない限り,蜂起が成功する可能性はないという。

その上で,ドイツ社会民主党の選挙における勢力拡大を賞賛し,多数者を味方にして,普通選挙を通じて権力を獲得する道筋を示している(やや不明確であるが,そういうことであろう。)。もっとも,既存の権力が暴力に訴える場合は,「約束」に反したものとして,対抗的暴力を使用する可能性を留保しつつ,である。

全集注は,この序文が修正主義者に「利用」されたといい,エンゲルスの真意は異なり,そのことは,ドイツ社会民主党幹部の反対により一部が削除されたことにも示されているというが,削除部分をみても,そうとは考えられない。エンゲルスのフィッシャーあての手紙も根拠に挙げられているが,これについては未見である。

いずれにせよ,エンゲルス・ベルンシュタイン主義とでも称すべきものがあったと評価できるのではないか。

なお,エンゲルスは,少数の政治的前衛による奇襲的方法による権力の奪取は今や困難になり,陣地戦に移行したとも述べている。「奇襲」「陣地」の用語が用いられている。グラムシの「機動戦」「陣地戦」は,これに示唆されたものであろう。エンゲルスとベルンシュタイン、これに反対するルクセンブルク(改良か革命か),そしてグラムシという一系列が想定できる。グラムシの思想をこのような歴史的文脈でとらえたものは,今まで読んだことがない。これは,一論文あるいは一書になり得る主題であろう。

淡路憲治 『西欧革命とマルクス、エンゲルス』 フランスにおける内乱及びエンゲルスの遺言に関する部分を中心として

March 11, 2019 ;

マルクスの政治論三部作、エンゲルスの遺言等を論じる。

パリ・コミューンとマルクス(第1部第3章)を読む。これまでに書いたフランスにおける内乱に関するメモとの問題意識の共通性に驚く。

マルクスがコンミューンへの反対からその礼賛に転じた動機については、革命的情熱の自覚によるものと解釈し、マルクスの党派的豹変、すなわち、ブランキ主義者とプルードン主義者によって主導されたパリ・コミューンを自らの政治的見解の実現として賞賛し、その党派的立場を強化しようとしたものと理解して、これを批判するバクーニンの見解及びこれに賛同するコルシュ、更に同様の見解を示唆するベルンシュタインを批判する。

しかし、革命的情熱と職業革命家としての利害は一致し得るのであり、人の行動においては利害と情熱の一致がむしろ通常のことである。

既存の権力の破壊に関しては、レーニンの理解を批判し、破壊の意義の曖昧さを論じている。また、マルクスが手紙においてフランスにおける内乱以前から国家の破壊を主張していたと述べているのは、そう「考えたかった」からであろうと論じている(112)。

中央集権かプルードン的な連合主義かという論点に関しては、一見レーニンを擁護するような言説を述べながらも、ベルンシュタインの理解、すなわちプルードン的な連合主義とも理解できることを論じている。

マルクスは、徹底した民主主義と中央集権を共存し得るものとして理解し、主張したが、これらは両立し難いものであり、マルクスの論述はこのようなマルクスの思想それ自体を裏切っているというのが結論だろうか。

本書は1981年刊である。当時としては斬新な研究であろう。その内容は今も色あせてはいない。もっとも、コルシュの書があり、それを弁明的にやや薄めた形で主張するものと言えなくもない。

さらに、第2部第2章、エンゲルスの”政治的遺書”について、を読む。

例によってベルンシュタインから距離を置き、エンゲルスが合法性を絶対視していなかったことを削除部分の内容から論じる。しかし、ベルンシュタインの主張は合法・非合法にはかかわらない、それとは次元の異なるものであろう。

著者は、結局、ベルンシュタインを擁護するわけではないが、ここでも、エンゲルスの思い描く革命の道筋が合法活動を中心とした多数者の獲得とそれによる軍隊の掌握にあることを論じており、この点においてレーニンやルクセンブルクを批判している。

中途半端な論述ではあるが、問題の核心を正しく把握しているとは言えるのであろう。

淡路憲治は1921年生まれ、執筆当時岡山大学教授。

カール・コルシュ Karl Korsch, “Ten Thesises on Marxism Today”

March 17, 2019 ;

1950年のものという。

各テーゼは必ずしも明快ではないが、あえてその内容を要約すれば、次のとおりである。

マルクス主義は、労働者階級による社会主義運動が生んだ各種社会思想の一つにすぎず、いわゆる空想的社会主義、ブランキ、プルードン、バクーニン、ドイツ修正主義その他の思想と同列に取り扱われるべきである。

今やマルクス主義は主としてアジアにおける一つのイデオロギーにすぎない。現代においてそれを社会革命理論として実践に適用することは不可能であり、そうすることを主張するならば、それはむしろ反動的なユートピア思想というべきであろう。

マルクス主義の欠陥は、

1 ドイツを始めとする中東欧の未発展な社会経済状態に依拠した思想であること、

2 ブルジョア革命の政治的形態に固執したこと(フランス革命のモデルにとらわれたことを意味するのであろうか)、

3 イギリスにおける資本主義の発展をすべての国々の発展の模範とし、このような発展に伴ってその主張する社会革命の条件が成熟すると考えたこと、

4 これらの条件からの絶望的で矛盾する脱出の試みにより様々な結果が生まれたこと(ロシア革命を批判するものか)である。

これらの結果、マルクス主義は、社会革命の手段としての国家の役割を過大評価し、神秘的なまでに資本主義の発展と社会革命の成熟を同一視し、2段階革命論を導入するに至った。すなわちマルクス主義は、一方でブランキの政治主義に対抗し、もう一方でバクーニンの無政府主義に対抗するために、2段階革命と、第1段階としての国家権力の奪取を主張した。

そして、それは労働者階級の解放を無限の未来に遠ざけた(ロシア革命の現実を批判するものであろう)。労働者階級は、従前の支配階級に代わってその位置を占めるだけでは、生産の社会的コントロールを獲得することはできない。(ソビエト的な国家資本主義を批判するものであろう。)生産のコントロールから疎外されたすべての階級がそのコントロールに参加することが必要であり、資本主義がますます独占的で計画的に規制されるようになっていることはこの可能性を開くものというべきである(このように明言しているわけではないが、そのように解される)。以上である。

これがコルシュの到達した思想であるとするならば、野村修が1938年に出版された『マルクス』(Karl Marx)を1967年に翻訳し、かつ、その「訳者のあとがき」において同書以降の思想の変遷に全く触れないのは、不当であろう。

なお、Karlの妻であるHeddaは、インタビューにおいて、晩年のコルシュが社会革命について、特にソビエト連邦の未来について(スターリンの死後ですら)悲観的であったと述べつつも、マルクス主義を捨てたというのは誤解であると主張し、”His 1950 lecture, entitled 10 Theses on Marxism, is easy to misunderstand and is not a rejection of Marxism. The Theses were not meant for publication although I later allowed them to be printed.”と述べている(https://www.marxists.org/archive/korsch/memories-korsch.htm)。

果たしてそうなのだろうか。

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