大島丈志 『宮沢賢治の農業と文学 苛酷な大地イーハトーブの中で』Takeshi Ohshima, Kenji Miyazawa – Agriculture and His Works

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大島丈志 『宮沢賢治の農業と文学 苛酷な大地イーハトーブの中で』(2013年、蒼丘書林)

May 7, 2024 ;

岩手県農会と賢治の関係、農会の記事中に現れる賢治の活動、岩手県の冷害の歴史と、それが稲の単作によるところが大きいこと(周期的な寒冷をもたらす気象、地主制とともに)、賢治が陸羽132号に期待を寄せたこと、この品種は化学肥料への大幅な依存を前提としていたこと、賢治が蔬菜、花卉等の商品作物の生産に、「山師的」とも言えるほどに、熱意を持っていたこと、当時における産業組合の趨勢とこれへの賢治の期待等、賢治が生き、活動した、その当時の農業の置かれた状況を詳細に検討して、作品の解釈と評価を行うものである。

それにしても、中村稔や多田幸正が、賢治の当初の理想が農村の自給自足にあったこと、ポラーノの広場における産業組合の活動(ハム等の生産と販売も含まれている)は、この理想からの後退であり、「商品経済」への屈服であることを主張していることを初めて知り、本当に驚いた。自給自足で、レコードを聞き、楽器を演奏し、演劇をし、書物を読み、そんなことができるはずもなかろう。もとより、文学を社会政治思想で一刀両断にする、このような方法論そのものが誤っているが、その点をさておいても、とんでもない議論であるとしか言いようがない。著者は正しくこれを批判している。

さらに、グスコーブドリの伝記が「必然性をもたない自己犠牲」を描く「完全な失敗作」であるとの評価(225)に対しても、岩手県の冷害に関する実証的な研究を踏まえた上で、丁寧に批判が加えられている。そもそも、どのような観点から文学作品の「失敗」と「成功」を論じることができるのか、それが問題であろう。少なくとも、社会政治思想のいかんや「知識人」の「自己犠牲」に対する好悪がその基準になるとは思われない。

また、烏の北斗七星が戦争を肯定しているとの批判にも驚く。これについても著者の議論は冷静であり、時代の状況を詳細に検討し、不条理に立ち向かう人の姿を表現する文学作品としての意味を深く掘り下げてとらえている。

なお、97頁に、賢治が、日本農業における小農・小作人の存在は、容易に変えることができるものではなく、不在地主がなくなっても、土地が国有になっても、小農・小作人は存在し続けること、小作制度を改める方法はなく、「だんだん小作料を安くしてゆくしか」ないことを述べていたとの記述がある(松田甚次郎『土に叫ぶ』、川原仁左エ門編『宮沢賢治とその周辺』による。なお、新校本宮澤賢治全集の年譜346頁では、なぜか『土に叫ぶ』の関係部分が引用されず、松田甚次郎の日記中の同部分に関する断片的なメモが引用されているのみである)。シモーヌ・ヴェイユが論じるように、所有を変えただけでは、その時々の技術水準に対応したものとして存在する生産形態の制約を超えられるものではない、そして生産形態はそれぞれに固有の労働の組織形態を持つ、そのことを賢治も深く感じていたことを示す発言であろう。

この点に関連する詩「地主」は、地主の心労を描く。

当時、ブルツクスの議論(別ノート参照)は日本に紹介されていたのだろうか。いずれにしても、この発言には、ロシア革命の負の経験が深く影響を与えているような気がしてならない。賢治が目指したものは、近代的・合理的な技術による市場的・工業的な農業であり、賢治はその発展によって自立した農民の自由で豊かな生活を実現しようとした、そう理解することができる。

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