山本義隆『16世紀文化革命』 Yoshitaka Yamamoto, Cultural Revolution in the 16th Century Europe

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山本義隆『16世紀文化革命』

その1

..Date: Sun Feb 22 20:07:43 2009;山本義隆;16世紀文化革命 1;

山本義隆は,1941年生まれ,知性の叛乱の著者である。本書は,12世紀から15世紀にかけてのルネッサンスに引き続いて,16世紀が「文化革命」の時代であったこと,それがその後の17世紀「科学革命」と(著者は明示していないように思うが)おそらくは18世紀産業革命を準備したことを指摘する。

文化革命は,古典文芸の復興を超えて,経験的な観察(数量化を含む)による,そして,ラテン語に対する俗語による,民衆的・実証的な学問を生み出した。その原因としては,印刷術(特に医学・解剖学)と商業の発展(特に数学)が挙げられている。15世紀末の印刷術の興隆は,知識の伝播を飛躍させた。特に,図は,筆写によって誤りが混入する確率が高く,印刷によってもたらされる利益には大きなものがあった。(もっとも,図については,活版印刷ではなく,銅板印刷の発展が寄与しているのであろう。銅版印刷は,いつごろどのように発展したのか。いずれにせよ,デューラー(実用的な版画原本をも作成した)の貢献が強調されている。)レオナルドの手稿には,他の者の発想や図の引用があるという。経験的観察による図の作成は,レオナルドだけではなく,その時代が生み出したものであった。ただし,(レオナルドは,依然として中世的な秘伝にこだわったのか,印刷術に対して全く興味を示していないという。)透視図法等については,アルベルティの役割の重要性が指摘されている。

解剖学の古典に固執し,これを教条としたアカデミーの医師に対する外科医(理髪師が兼ねる場合もあった。職人として,当初大学医師に従属した。)の観察とアルベルティ,レオナルドらが発展させた作図法が正確な解剖学的観察と記録を可能にし,それがハーベイの血液循環論等を準備した。

数学においても,商業の必要に基づく数学教室の教師がアラビア数字や小数の使用,方程式の解法等を発展させた。芸術家もまた,当初低い階級に位置づけられた,「職人」であり,その芸術家が経験的観察を発展させたのである。そのほか,鉱山技術の発展も,同様の過程をたどっていることが指摘されている。経験的観察とその民衆的な記録,印刷によるその広範・迅速な伝播(知識が印刷に付され,売られる状況),そして何よりもこれらがラテン語ではない俗語により,従来のアカデミーの外から行われたこと,これを文化革命と称するのであろう。ちょうど,知性の叛乱を著した著者がこの書のような研究を担うように。すばらしい。図版等にも細心の注意が払われている。

その2

..Date: Sun Mar 08 17:52:34 2009;山本義隆;16世紀文化革命 2

すばらしい名著である。予備校教師をしながら,3年を費やして本書を完成させたという。まさに,画家,外科医,商人,算数教室教師,船乗りら職人が担った文化革命を書くにふさわしいではないか。

下巻では,大砲の使用という軍事技術の革命が実証的な弾道学を発展させたこと,それが機械学を発展させたこと,航海術の発展及び新大陸の発見と地理・天文学の発展(船乗りによる伏角・偏角の発見と測定),イングランドにおける経験的・実証的・数量的な自然の法則性の探究の発展,各国における俗語による出版の発展と,その過程における各国語の発展などが論じられた後,最終章「16世紀文化革命と17世紀科学革命」において,文化革命が科学革命を準備したことが述べられる。すなわち,16世紀,アカデミズムは古代文献にとらわれ,実証的な精神を欠いた。その中で,芸術家と職人が自然の観察と経験に基づく,実証的な学問を発展させた。観察と経験,数量的な法則の探求がその特徴であった。そして,その成果は,印刷術の発展により,伝播され,共有され,検証された。(もちろん,印刷による経験・知識の公開は,名誉や財産等の現実的利益の追求を伴っていた,その指摘もある)。

17世紀の科学革命は,しかし,むしろ,アカデミアがこのような職人(芸術家を含む)による文化革命の成果を取り込むことによって成し遂げられた。印刷術の発展による知識・経験の伝播・共有は,アカデミックがこれらに接し,それらを検証することを可能にした。ここには,技術と科学の発展の社会的性格が見事に表れている。そして,論証能力に富む(おそらく,余暇も挙げるべきなのだろうが,著者は挙げていない)アカデミックによる理論的仮説の構築とそれに基づく意識的実験が科学の飛躍的発展を可能にした。アカデミックは,ニュートンによる反射望遠鏡の製作に代表されるように,手仕事を蔑視せず,むしろ,新たな観測の道具を開発した。かくして,ケプラー,ニュートン,ボイルらが登場したのである。そのアジテーターは,フランシス・ベーコンであった。

著者によれば,21世紀は,このような科学革命を源とする科学技術の矛盾の解決を迫られるときであるという。すなわち,これまでの科学技術は,単純な限られた要素を考慮すれば足りる,できる限り純粋な環境を作り上げて,その中における実験により法則性を見いだし,これを技術的に応用するということを繰り返してきたが,その技術がさらに大きな環境にどのような影響を与えるかを無視してきた,このような科学技術の内的な限定性とそのもたらす結果の非限定性の矛盾(著者の表現は異なる)が激化しているというのである。(最初この結論を読んだときは,典型的な俗論のように思えたが,後書きを読んでやや納得した。)

このような名著は,英訳されるべきだ。社会科学は,そして,おそらく文化革命前にあるのではないか。19世紀末と20世紀初頭の古典が文献学者たちを跋扈させているが,実証的な理論はまだ打ちたてられていない。著者の大理論,12世紀ルネッサンス(11世紀までのイスラムの発展と古典理論の保存)(12世紀農業革命,古代の技術は,そのままヨーロッパにおいて残存し,風力・水力の利用によって,技術的にはイスラムを超えて,これに対する軍事的優位を得るに至った),イスラム文献のラテン語訳による古典の伝播,15世紀末の印刷術の発展,16世紀文化革命,17世紀科学革命,18世紀産業革命。このように見てくると,20世紀末からのIT革命は,歴史的な画期である。ここから,社会科学における革命が起きなければならない。

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